85号 平成30年 8月
ことは(光透波)は「光」の「透」明な「波」動
抽象的領域では言葉の機能には限界が・・・
さて、ここで触れたいことは、言葉というものは重宝なもので、言葉によって意思伝達がスムースに出来ると誰もが錯覚していますが、実はそうではないということです。有形の物質的な一面は極めて有効、適切に伝えられますが、無形の抽象的な面は極めて曖昧であり、正確性を有していないという弱点を持っていることです。
言葉の中には当然のこととして数が含まれますから、言葉とデジタル化した数値を使うことで有形の物はパソコンの画像処理でも明らかなように正確に表現できるようになっています。ところが形の無い目に見えない分野の対象、すなわち「心」「愛」「魂」「神」などの抽象的な領域は、幾ら言葉や数値で表現しようとしても的確に伝え切ることはできません。
何故なら具体的な表現が難しく受け取る人によって千差万別に解されてゆくからです。このことを顕著に示す事例が、人々が言葉の綾で喧嘩したり、太古の昔から今日に至るまで同じ「神」の名の下で世界の各地で戦争を繰り返していることではないでしょうか?
「語」=後の言葉では生命・霊の究明は不可能
かつて、筆者は光透波を教わった磯部賢一氏(小田野先生の直弟子)から「有名な哲学者であり近代哲学の祖と言われているデカルトは『心身二元論』を説いたが『心の世界』がはっきり掴めないので、その後の西洋文明の流れは『物の世界』への探求に傾斜して物質科学文化が発達していった・・」と聴いたことがあります。西洋の言語では見えない世界=霊の世界の解明は出来ないから、物質科学文化への流れが起きたのも至極当然のことだったと言うことです。
否、もっと言えば初めのコトハ=「詞」から外れた「語」の言葉を使うようになっている人類の言語能力では、精神・生命・霊の世界の究明は不可能であったのです。
この不可能なことが初めて叶うようになったのは、21世紀のUターンの時代を前にして小田野早秧先生によって啓かれたことは(光透波=こうとうは)の字割によってであると断言できるのです。時代の潮流は前回の本稿で記しましたように「体主霊従の時代から霊主体従の時代へ」と転換しつつあります。ことははその使命を担った「文字の言霊学」として出現しているのです。
換言すれば物質科学と精神科学が調和して開かれる理想の時代、すなわち仏教流に言えば弥勒の時代、キリスト教流に言えばキリストの再臨の時代は、人々の言葉文化が「語」から「詞」へと転換したときに可能であり、ことはがその原動力的機能を発揮してゆくことが予想されるのです。
つづく
第100回記念 光透波セミナー
●日 時 7月29日(日) PM1:30~4:45
●場 所 神明いきいきプラザ 集会室A(4F)
東京都港区浜松町1-6-7
JR浜松町(北口)徒歩4分
都営地下鉄大門(B1出口)徒歩4分
●演 題 「霊主体従の時代の展望」
●講 師 磯 部 賢 一 宿 谷 直 晃
●参 加 費 3,000円
ホームページ https://kotohawanokai.club
体主霊従から霊主体従の時代へ
21世紀はUターンの時代
この歪を解消しなければ人類は破滅の道しかないことを早くから我が国の宗教界では提唱されていました。その代表的なものは「建替え建直し」を説く大本教や日月神示等の教えです。即ち「体主霊従から霊主体従」への切り替えの教えです。分かり易く言えば偏物質文明の生き方=物・金・エゴ中心の生き方にどっぷり漬かっている現代人に、神界からの警鐘が繰り返し降ろされているということです。
ところが物質科学万能の思考にマインドコントロールされた現代人は、見えない世界、精神・生命を軽視し神を否定する傾向が大きく「体主霊従から霊主体従」の考え方は、未だに受け入れられていないようです。しかし、時代は確実に霊主体従の時代へと進んでいるのです。
その一つの表れがことは(光透波=こうとうは)の出現です。数々の啓示を受けて小田野先生によって啓かれたことは、物質至上主義に陥って迷走する現代人を覚醒させ、今日の歪を正す精神科学の哲理として20世紀後半に世に出たのであり、今までの様々な観念的・空論の教えでなく、宇宙の理に適った合理性と整合性をもった言霊学なのです。
光透波理論では「文字には宇宙の真理が秘められている」として認識し、漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベット・数字を総合的に把握し、文字の奥に秘められた「謎=宇宙の真理」を読み解くようにしています。特にアルファベットは分析力があり、また数を読み解く文字として捉えています。
では、転換の時代の到来を「文字」どのように明かしているのでしょうか?

時代は21世紀、精神と物質科学文化が融合補完する時代であることを縷々記してきましたが、アルファベットの21番目の文字は奇しくも「U」の字、まさに21世紀は人類がUターンする時代であると読み解けるです。
聖書によれば「エデンの園」は神と人がお互いに助け合って歩んでいた理想の時代でありました。その後、ヘビに唆されて禁断の果実・リンゴを食べたイブの罪によって、人類は苦難の道を歩むようになったことが記されています。表現を替えれば人類が発祥した直後は神と人が睦み合った理想的な「霊主体従」の時代であったことが推理されます。やがて人類は成長するに伴って自立心が高まり神から離れてゆくようになり「体主霊従」の時代へと転換していったと考えられるのです。
そして20世紀末までの長い年月、人類は苦難・苦痛の歴史を送ってきたと言えるようです。が、その「体主霊従の時代」から21世紀を迎えて「霊主体従の時代」、すなわち物心調和の時代へと大きな転換の時代を迎えていることを、この「U」の字は物語っていたのです。
つづく
第100回記念 光透波セミナー
●日 時 7月29日(日) PM1:30~4:45
●場 所 神明いきいきプラザ 集会室A(4F)
東京都港区浜松町1-6-7
JR浜松町(北口)4分 地下鉄大門(B1出口)4分
●演 題 「霊主体従の時代の展望」
●講 師 磯 部 賢 一 宿 谷 直 晃
●参 加 費 3,000円
ホームページ https://kotohawanokai.club
84号 平成30年 7月
物質科学と精神科学
物質科学と精神科学
それでは光透波を学んでいる人たちから、これからの時代を導く哲理と信じられている光透波理論とは如何なるものなのでしょうか?
周知のように現代の人類文明は原水爆ミサイルの開発や、地球環境の破壊、人口の爆発的な増大、食糧危機、各地で沸き起きている戦争や紛争やテロに象徴されるように、さまざまな矛盾と綻びの現象を生み出しています。しかもその解決策を未だ何一つ打ち出すことが出来ずに迷走し続け、一路破滅の道へと暴走していると言っても過言ではないようです。
この現代の偏物質文明の様々な歪を正すには、物質科学に対応する精神科学の台頭が必要であり、物・心両文明が調和する道しかあり得ないと思考します。
では、物質科学に対する精神科学とはどのようなものでしょうか?インターネットの検索ページ「ウキペディア」を要約し引用すると「一時期、物理学や化学等の自然科学に対置される歴史学、言語学、経済学、社会学、心理学、宗教学などを総称して精神科学と造語されたが、その後に心理学との位置づけをめぐって、それらは文化科学という名称に替わっていった・・・」という。「物質科学」は誰でも明確に認識できるのですが、「精神科学」という表現は曖昧ですので、筆者なりに下記のように纏めてみたのでご参考にして頂きたい。
| 物質科学 | 精神科学 |
| 西洋文明の特長 | 東洋文明の特長 |
| 分析的・細分化 | 包容的・総合的 |
| 有形の物質面を対象 | 無形の精神面を対象 |
| 自然に対抗する文化 | 自然と調和する文化 |
| 物質のエネルギー | 精神のエネルギー |
| 代表たる国はイギリス | 代表たる国は日本 |
| アルファベットの力 | 日本語の力 |
物質科学と精神科学の違いを手っ取り早く理解していただくために医学を引き合いに考察してみましょう。
西洋医学は人間の身体を物質的に捉え外科・内科・脳神経化・呼吸器科・ETCと専門化・細分化してゆく医学です。東洋医学は肉体だけでなく精神的に捉え生命力・精神力・気・神経やリンパの流れ・経絡というように、人間の心身を総合的に捉えてゆく医学です。
このように西洋で生まれた物質文化は専門・細分化し末端へ末端へと極めようとする特長があり、東洋で生まれた精神文化は総合的で元へ元へと遡る特長があると言えるようです。東洋と西洋は対照的に本質的に異なった文化的・思考的な特性が現れてくるようです。
求められる東西両文明の特長の統合
この両文化の長所を伸ばし合い短所を補い合いお互いに補完し合ってこそ、物心調和の理想的な文化・文明の出現が可能になるのではないでしょうか?
ところが、5~600年前ごろから20世紀末までの時代は西洋諸国が主導権を握って世界を動かしていた時代でした。実験実証、再現性のある華やかな物質科学をベースにした西洋文明の思想や価値観は世界を席捲し、人類は唯物的な偏物質科学文明の虜になり暴走するようになって、物心の不調和を拡大し今日の度し難い時代に陥っていると言えるようです。
つづく
●第99回 光透波セミナーのお知らせ
●日 時 6月24日(日) PM1:30~4:45
●場 所 神明いきいきプラザ 集会室 A(4F)
東京都港区浜松町1-6-7
JR浜松町(北口)徒歩4分
都営地下鉄大門(B1出口)徒歩4分
●演 題 「危機と混迷の時代の曙光=光透波」
●講 師 宿 谷 直 晃
●参 加 費 初回の方は3,000円 2回目以後の方は1,000円
ホームページ https://kotohawanokai.club
光透波理論の祖・小田野早秧先生
光透波の名称と天鏡図が生み出された経緯
昭和24年(1949)1月14日に黄金の光(絶対光)の霧に包まれるという不思議な体験をされたのでした。
さらに昭和28年(1953)に「光・透・波」の光の文字が天井の隅の壁から小田野女史の顔に飛び込んでくるという霊的な体験をされ、その瞬間に「透」の字を「秀」と「走」に分解して、秀でた走り=トップスピード・・・。絶対性の謎が「光透波=ことは」であることを悟ったのでした。
同年6月22日、午前9時ごろ、胸の上部に「白い人差し指」で「天鏡」と刻印される霊現象を体験されたとのことです。
同年6月25日、霊夢で「アイウエオカキクケコサ」の文字を見せられ、「サ」の次の「シ」音の表意文字が300以上ある凄さに気付き、仰天されたとのことです。
それ以来4年4か月にわたり寝食を惜しんで断食スレスレの生活を東京の田園調布の自宅で送りながら、アイウエオ50音字の一音一音の奥に潜む神意なる文字を探求し続けたのでした。その過程で真意に沿わない文字を選択すると、自身の体調が崩れるというような不思議な導きを数々受けながら、纏め作業は進んでいったとのことです。
昭和32年(1957)10月31日に一二三文字の「天鏡図」=「文字の紐解図」=「命波音76音表」は完成しました。その「天鏡図」によって小田野先生は文字の奥に秘められた真理=神意の解明を続け、神の存在証明は文字によってできることを確信して「コトハ(光透波)理論」を確立されたのでした。
以来、平成13年(2001)、天寿を全うさるまでの40年ほどの間、名古屋や東京等でセミナーを開催し続けたりして、コトハの普及に一途に尽力されたのです。がコトハの真価を理解出来る人は少なかったようです。あまりにも時代を先取りした卓越した理論であったがために、なかなか世には受け入れられなかったのです。
画期的で斬新かつ深遠な「光透波理論」は、言語学会や言語研究家達の物差しでは到底測り知ることができず、脚光を浴びることがなかったのです。小田野先生に師事されることはの研究者や信奉者によって引き継がれ、未だに世に出ず今日に至っていると言えるようです。
つづく
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光透波理論の祖・小田野早秧先生
アインシュタインの相対性原理に触発される
さて、ことは(光透波=こうとうは)理論では言葉にはこの世にある一切万有、森羅万象を生み出す偉大なエネルギーが秘められていることが説かれています。そしてことばの元素は50音であり、その50音こそ究極の神の本質であり、命の根源であり、天の生命であるとも説かれています。
現代の科学、宗教、哲学の常識で到底理解出来ない内容ですので以下、光透波を啓(ひら)かれた小田野早秧先生の紹介とともに話を進めてゆくことにします。
光透波理論を啓いた小田野早秧(さなえ)先生
まずことは理論の誕生からお話しすることにいたしましょう。アインシュタインがノーベル賞を受賞された直後の大正11年(1922)に訪日した際、我が国で大変な熱狂をもって迎えられ、講演された各地で相対性原理の話題が沸騰しました。そのときに「『相対性理論』があるならば『絶対性理論』がある筈だ・・・」と信じ切った女学生がいました。若き日の小田野早秧です。
明治41年生まれの小田野先生は当時高等女学校に在籍しており、数学などは百点以外取ったことがないという聡明な頭脳の持ち主であったそうです。先生は大正13年に東京女子美術学校に入学され、この時に身に付けた資格で中学校の美術講師となるとともに、「絶対性理論」を思索されたようです。その探求の決意を一段と高めたのが相対理論を根拠に開発された原爆の投下であったとのことです。
![1_odano_p_pic_2[1]](https://blog-imgs-117.fc2.com/k/o/t/kotohawanokai/201806051749111e5.jpg)
小田野早秧先生
信ずることより「何?」という疑問をもって考えることが好きな小田野先生は以来、何かに憑かれたようにエネルギー理論と幾何法則(数理法則)をもとに、「絶対性理論」見えない世界「命とは?」を真剣に思索し追究するようになったのです。長い長い歳月、傍(はた)から見ておかしいのではないか?と思われるほどに探求に明け暮れ、次第に研ぎ澄まされた境地に入られてゆきました。
つづく
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83号 平成30年 6月
光透波を学んでみませんか
●第98回 光透波セミナー
●日 時 5月30日(水) PM1:30~4:45
●場 所 神明いきいきプラザ 集会室 D(4F) 東京都港区浜松町1-6-7
JR浜松町(北口)徒歩4分
都営地下鉄大門(B1出口)徒歩4分
●演 題 「立替え立直しへの思考転換」 + 「光透波入門講座」
●講 師 宿 谷 直 晃
●参 加 費 初回の方は3,000円 2回目以後の方は1,000円
コトバはサムシンググレートからの贈り物

ことは理論では言葉を「詞」と「語」に分けている
ことは理論では言葉を大きく二つに分類しています。宇宙から降ろされた始めのコトバ=「詞」と、その後に人がアレンジした言葉=「語」と分けています。
神性に満ちた「詞」は人と宇宙を繋げるコトバであり、「語」は人と人を繋ぐ伝達手段の言葉と言えましょう。従って今日類が使っている言葉はすべて「語」の言葉であり、その言葉の奥に秘められた真理を現すコトバが「詞=光透波」と表現しています。
したがって、ことは理論とは数限りない言葉(文字)を字割(「語」を「詞」に読み解く)して、その奥に秘められた深意・真理の集積の元に構築された理論・哲理と言えるのです。
このことを象徴的に表現している文字がありますので紹介いたしましょう。「理」という文字です。これを字割すると下記の図ようになります。

「理」の文字は「一」が「埋」っていると書かれています。ことは理論では「一」は「絶対の秘密」と読み解いています。そして「理(ことわり)」とは「言」を「割る」、すなわち「字割」と解することができますので、「理の字の深意は字割すると埋っていた絶対の秘密が出て来る」ことを表していたのです。
不思議ですね、文字の奥には神意が秘められている・・・。このように一つ一つの文字の真意を読み解いていたのでは、本稿を前に進めることが出来ませんので、ことは(光透波)の概論についてこの辺で一区切りさせて頂きたいと思います。
つづく
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